アジアでありヨーロッパである国、トルコ
エキゾチックな国、トルコ
トルコの国土は日本の約2倍。その97%がアジア西端のアナトリア半島にあり、残りの3%はヨーロッパ大陸のバルカン半島にある。北は黒海、南は地中海に面し、西はギリシャ、ブルガリアと、東に行けばグルジア、アルメニア、イラン、イラク、シリアと国境を接する。
そんなアジアとヨーロッパの交差点に位置するトルコは、古くから東から西へ、またその逆へ人々が往来してきた。紀元前1800年頃にヒッタイト人が最初の王国を建設し、その後ペルシャ、ギリシャ、ローマ帝国、ビザンチン帝国と様々な国がこの地を支配してきた。11世紀には中央アジアの遊牧民であったトルコ民族が進出しセルジューク・トルコを建国するが、モンゴル軍によって滅ぼされてしまう。しかし、アナトリア西北部を遊牧していたオスマン1世が軍事的な集団を率いて、周辺の小領主・軍事集団と戦ったりしながら次第に領土を拡大し、オスマン・トルコの礎であるオスマン君侯国築き上げる。ビザンチン帝国が滅亡すると、アジア、ヨーロッパ、北アフリカにまたがる強大な帝国、オスマン・トルコ帝国が誕生する。オスマン・トルコの歴史はトルコ盛栄の歴史であり、トルコは絶頂を迎える。しかし19世紀になると帝国は衰退し、第一次世界大戦は同盟国側で参戦し敗戦。国土分割の危機は免れたものの、経済の衰退によってクーデターが起こるなど政情不安に陥り、国力は衰えていく。1980年の軍事クーデターにより治安は改善されたものの、経済面では現在でも慢性的なインフレ状態にあり、国営の施設の料金も年に数回値上げされる事は珍しくない。
しかし、国としては帝国時代の力は無いものの、アジアでありヨーロッパでもあるエキゾチックな国・トルコは世界中の人を魅了し続けている。
そんなアジアとヨーロッパの交差点に位置するトルコは、古くから東から西へ、またその逆へ人々が往来してきた。紀元前1800年頃にヒッタイト人が最初の王国を建設し、その後ペルシャ、ギリシャ、ローマ帝国、ビザンチン帝国と様々な国がこの地を支配してきた。11世紀には中央アジアの遊牧民であったトルコ民族が進出しセルジューク・トルコを建国するが、モンゴル軍によって滅ぼされてしまう。しかし、アナトリア西北部を遊牧していたオスマン1世が軍事的な集団を率いて、周辺の小領主・軍事集団と戦ったりしながら次第に領土を拡大し、オスマン・トルコの礎であるオスマン君侯国築き上げる。ビザンチン帝国が滅亡すると、アジア、ヨーロッパ、北アフリカにまたがる強大な帝国、オスマン・トルコ帝国が誕生する。オスマン・トルコの歴史はトルコ盛栄の歴史であり、トルコは絶頂を迎える。しかし19世紀になると帝国は衰退し、第一次世界大戦は同盟国側で参戦し敗戦。国土分割の危機は免れたものの、経済の衰退によってクーデターが起こるなど政情不安に陥り、国力は衰えていく。1980年の軍事クーデターにより治安は改善されたものの、経済面では現在でも慢性的なインフレ状態にあり、国営の施設の料金も年に数回値上げされる事は珍しくない。
しかし、国としては帝国時代の力は無いものの、アジアでありヨーロッパでもあるエキゾチックな国・トルコは世界中の人を魅了し続けている。