海に憧れる首都…アンカラ
フリギア王の憧れ
トルコの首都であり第二の都市であるアンカラ。このアンカラとはどういう意味かご存知だろうか?現在のトルコ中西部に紀元前8世紀に建てられた王国・フリギアの最後の王であったミダスが、アンカラから遠い海への憧れを込めて錨という意味のアンギラと名付けた事に由来する。ローマ帝国、東ローマ帝国、オスマン・トルコ時代の首都はイスタンブールであったが、第一次世界大戦で敗戦し国土分割の危機にあったトルコを救ったトルコ共和国建国の父・アタテュルクによってアンカラに遷都された。それからアンカラの人口は急速に増加し、また経済発展に伴う人口集中により急速に規模が拡大していき、現在はトルコ第2の都市となった。アンカラの発展はアタテュルクの決断無しには有り得なかった事であり、現在はアンカラ駅に程近い広大な丘、アタテュルク廟に奉られている。
親日の理由
アタテュルクは明治天皇を尊敬しており、明治維新をトルコ近代化のお手本としたくらいである。日露戦争でトルコの宿敵であるロシアに日本が勝利したため、同じアジア人の同胞として「日本をお手本に」と何度も呼びかけた。現在トルコが世界で一番親日的な国なのは、アタテュルクの功績によるところが大きい。日本人としてはトルコに行ったら、是非ともアタテュルク廟に参拝にいきたいものである。ただ、親日的だったからというだけでなく、観光地としても非常に魅力的な場所だからである。アタテュルク廟はトルコの歴史や文化を織り込んだ、統合と平和への祈りを象徴するモニュメントに囲まれている。また、併設されている博物館はアタテュルクが生存使用していた品々を公開しており、博物館で品々を見学するとアタテュルクが活躍した時代に思いを馳せずにはいられないだろう。